子会社に飛ばされることを潔しとせず、自ら新しい職を求めて成功したケースは、わずか十年前の日本でも滅多にない。理由のいかんを問わず、日本の企業社会では、社内の役員レースに敗れたことが確定した時点で、子会社に転出し、そこで定年までのサラリーマン生活を送るのが当たり前の路線になっていた。詳しくは追い追い書いていくが、そもそも日本の大企業の子会社というのは、姥捨て山とまでいうのは失礼にしても、出世レースから弾かれた人たちを受け入れるのを主な目的としてつくられたものが多かった。
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また、将来の社長候補だった従兄弟が突如として本社から追い出された理由は、それこそ単純明快。後ろ盾だった社長が会長になり、やがて経営から身を引いて、社内に影響力が及ばなくなったとたんの出来事だった。彼が社長の「お気に入り」だったがゆえに、役員たちの「いつかあいつを飛ばしてやる」という怨念が、ここぞとばかり吹き出したわけである。